大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

鹿児島地方裁判所 昭和32年(わ)237号 判決 1957年12月11日

主文

被告人金友蔵を懲役八月に処する。

但し同被告人に対しては本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人村久照を罰金五万円に処する。

若しこの罰金を完納することが出来ないときは金五百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

但し同被告人に対しては本裁判鑑定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人金友蔵は、昭和二十八年十二月二十五日より同三十一年八月三十一日まで鹿児島県大島郡西方村村長を勤めていたものであり、被告人村久照は、同期間中同村産業課特産係を勤めていたものであるが、奄美群島の日本復帰に伴い同島復興の為昭和二十九年六月二十一日法律第百八十九号をもつて奄美群島復興特別措置法が公布施行されるに及び、同法第四条に基き鹿児島県知事が奄美群島復興五箇年計画の一事業として作成し内閣総理大臣の認可を受けたバナナ増産を目的とし国策にも寄与し得る昭和三十年度バナナ採苗圃設置事業の実施について、大島支庁長より西方村に対し、昭和三十年八月十一日附の書面その他で、事業主体は西方村で、同村の直営若くは委託により同村内に一箇所五畝歩以上全部で十町歩の集団式バナナ採苗圃を設置し、これに優良なバナナの種苗二万本を植え付け、之を肥培管理して分檗増殖せしめて優良品種のバナナの苗六万本を供出すべく、而して之が経営費は、反当り四万五千円、総額四百五十万円とし、そのうち三分の一即ち百五十万円を西方村の自己負担金とし、残り三分の二即ち三百万円を国庫より奄美群島復興事業の補助金として鹿児島県予算に入れた財源から支出交付すべき旨及び附随事項一切を含めた計画通知があつたのであるが、同年八月中旬頃この計画通知を知つた被告人金友蔵は、西方村の財政が極めて窮迫していた折柄到底百五十万円の自己負担金を捻出する能力もなく、又バナナ採苗圃設置としての適期は毎年三、四月から五、六月までであつて八月から植付けたのでは翌年の三、四月までに優良なバナナ苗六万本を供出することは極めて困難な実情にあつたところからして、西方村としては右の国庫補助金に対し、交付申請を為すべきではなかつたのに拘らず、同事業を西方村が主体となり農家に対する委託経営の方法で実施するように仮装して不正の手段により該補助金の交付を受け、そのうち一部分を農家にバナナ増殖の奨励金の意味で配分し、個人的な既植のバナナの苗を農家から買い上げて之を供出し、残額は窮迫せる西方村の財政の救済等の費用に流用しようと企て、西方村におけるバナナ採苗圃設置等の事務に専従していた被告人村久照に真意を打ち明け、ここにおいて被告人両名は共謀の上、西方村としては全然バナナ採苗圃を設置しないのに拘らず、昭和二十九年四月十六日鹿児島県規則第三十七号「大島支庁長に対する事務委任規則」第一条により同三十年三月三十日同県規則第二十一号「奄美大島復興事業補助金交付規則」所定の同補助金交付に関する同県知事の権限に属する事務の委任を受けた大島支庁長に対し、昭和三十年九月上旬頃右規則等の定めるところに従い西方村村長金友蔵名義をもつて鹿児島県知事宛に同村内阿室釜外三部落にバナナ採苗圃十町歩を西方村が事業主体となり委託経営の方法で総事業費四百五十万円をもつて設置する旨内容虚偽の事業計画書等を添付したバナナ採苗圃設置補助金交付申請書を作成提出し、翌同三十一年二月八日頃大島支庁長より右事業に対し国庫補助金三百万円の交付指令書の交付を受け、更に西方村村長名義をもつて同年三月頃全然右事業に着手したこともなく、又右事業を完了したこともないのにいずれも右事業に着手し又完了した旨内容虚偽の事業着手届及び完了届等の所定の書類を順次作成提出した上、同年四月二十四日頃該補助金三百万円の交付請求書を差し出して所定の手続を了し、よつて同年五月二日頃西方村久慈所在の同村役場において、情を知らない大島支庁長より右事業につき国庫補助金三百万円の送金支払書の交付を受け、同年同月四日頃鹿児島銀行古仁屋支店においてこれを現金化し、もつて偽り不正の手段により事実を仮装して補助金三百万円の交付を受けたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(被告人両名並に弁護人の主張に対する判断)

被告人金は、不正の手段により補助金の交付を受けようと考えた訳ではなく、本件バナナ採苗圃設置の目的を達する為、当時の実情から合法的に補助金を受けるための最善の方法を採つたものであり、又被告人村と共謀したことはなく、単に自分の指示に従つてやつていたに過ぎない旨を主張し、被告人村も亦当時村長であつた被告人金の指示に基いて事務を処理しただけであつて共謀したことはない旨を主張し、弁護人も被告人両名共に犯意はなかつたものである旨を主張しているので、証拠を検討したが、判示認定事実の如く、本件補助金交付計画の通知がバナナ採苗圃設置の適期を徒過していたのみならず、西方村は前年の昭和二十九年度においてもバナナ採苗圃設置について十五万円の国庫補助金の外バナナ種苗購入補助金二十七万二千円をも受け乍ら全然目的以外の費用に流用しており、又西方村自体が財政窮迫のため百五十万円の自己負担金を出費する能力がない実情にあつたことは明らかであるから、県当局特に大島支庁においては積極的に現地につき調査乃至検査をやるべきであつたのに拘らず、殆んど之を行わず単に申請書等の書面審査のみをもつて事を処理したに過ぎず甚しきに至つては、同庁において作成した事業完了検査報告書を作成するに当り何等現地の検査を為さず被告人等の既に提出してある各書面を形式的に審査したのみで作成しており、更に又六万本供出の計画を立てて之を指示しておき乍ら、結果においては僅か一万三千本程度の供出しかなかつたのに、大島支庁では前村長よりの告発があつて司直の手で本件が捜査されるに及んで初めて本件補助金交付に関して不正があつたことを知つたと謂う是等一連の事実から綜合的に推測するならば、大島支庁当局は、本件補助金交付の対象たる西方村のバナナ採苗圃設置事業の計画自体に時期的にも能力的にも大きな無理があり、その目的実現は極めて困難であることを察知し乍ら、内心では村財政の窮乏を救わんがために名を補助金に藉りて交付したものではないかとの疑念をさえ抱かしむるものがあるのであるが、仮りに事実の真相はそうであつたとしても、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律によつて保護される法益は国庫補助金の交付使用につき飽迄も法律規則等に従いその適正妥当を期することに在り決して行政当局の専断を許さないものと解される以上、被告人両名の判示の如き補助金交付申請書、着手届、完了届、交付金請求書等の一連の書面の提出、悉く内容虚偽のものであり、かく事実に全然相異する書面を提出したことは仮りに大島支庁当局においてその内容虚偽なることを察知していたとしても同法第二十九条第一項の「偽りその他不正の手段」を用いたことになるのであつて、その結果本件補助金が支出交付されたのであるから同法違反の罪の成立することは客観的には勿論主観的にも争う余地のないところである。況んや疑いはあつても大島支庁当局において情を知つていたとの確証がない本件に於ては尚更である。

次に、被告人村は村長たる被告人金の指示に従つて事務の処理に当つただけであるから共謀関係はないとの主張について考えるに、被告人村久照の昭和三十二年二月一日附検察官調書及び証人岩城勝雄に対する尋問調書によれば、被告人村は昭和三十一年三月二日頃当時大島支庁農務課特産係をしていた岩城勝雄が他の用向で出張してきた際西方村阿室釜字白浜の橋口一男方のバナナ採苗圃に案内して、事実に反し同人に対して、之は西方村の委託経営に係るものである旨虚偽の説明をしたことが認められるので、単に機械的な事務に従事したに過ぎないものとは認められないのみならず、昭和三十年八月中旬頃被告人金より、判示の如き内容虚偽の書面を作成して提出するようにとの指示を受け、その都度所定の形式に合わすように事実と全く相異した内容虚偽の書面を作成提出していたのであるから犯罪事実の認識は充分あつたものと謂うの外はなく、又たとえ村長の指示であるとしてもこの違法な指示に従わなければならぬ事情は毫も存在せず、更に又この指示を拒むことが事実上出来なかつたと認められるような状況も存在しないのであるから犯意を阻却すべき事由があつたとも認められない。従つて被告人等及び弁護人の主張はいずれも理由のないものである。

(被告人両名に対し執行猶予を附し、尚被告人村久照に対し罰金刑を選択した理由)

一、前年の昭和二十九年度においても被告人等は本件と同様の補助金十五万円及びバナナ種苗購入補助金二十七万二千円合計四十二万二千円の補助金を全部他に流用していることは証拠上明らかであるが、これも亦事業計画の通知が甚しく適期から遅れており、その金の使途についても所謂私腹を肥したと認められるものがないこと

二、本件においては、判示の如く又前項説明のとおり、県当局特に大島支庁のやり方が単に形式を整えるに過ぎず、実質的には極めて租漏放漫であつて、無意識的にせよ被告人等をして本件犯行を敢えて行わしめた誘因の一つを作つたものと認められること

三、本件補助金のうちその約半分はバナナ増産奨励について直接役に立つ方面に使用されたこと

四、その残額も西方村の公用に流用されて居つて私的な方面に使用されて居らぬこと

五、西方村は大島郡中でも財政窮乏の甚しい村であつて、被告人等が敢えて不正手段をもつて本件補助金の交付を受けた動機には、自村の財政窮乏を救済せんがために出でたものが存すること

六、本件が司直の問題となるに及んで、昭和三十一年度以来のバナナ採苗圃設置事業は本来の計画通りに厳格に施行されるようになつていると見られること

七、被告人両名は現在では新法の精神を体し改悛の情も相当顕著であると認められること

八、被告人村久照については懲役刑を選択するときは地方公務員法第十六条第二号、第二十八条第六項により当然その地方公務員たる職を失うに至るのであるが、本件の情状として同被告人を失職せしむるは酷に失し、又被告人金友蔵が執行猶予となつても公職選挙法第十一条第一項第三号、地方公務員法第四条、第三条によりその公職を失わぬのに対し権衡を失するので罰金刑を選択するのが相当と認められること

(法令の適用)

罰条   補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律第二十九条第一項、刑法第六十条(被告人金友蔵に対しては懲役刑、同村久照に対しては罰金刑を各選択する。)

換刑留置 刑法第一八条第一項、第四項

執行猶予 刑法第二五条第一項、尚罰金の執行猶予については罰金等臨時措置法第六条

訴訟費用負担 刑事訴訟法第一八二条、第一八一条第一項本文

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 田上輝彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例